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見たまま、感じたまま、思ったまま

家栽の人

家裁の人

「家栽の人全15巻」(毛利甚八作、魚戸おさむ絵 小学館)


この作品は、1988年から96年まで足かけ8年に渡ってビックコミックオリジナル誌上で連載され好評を得た。原作は毛利甚八、絵は魚戸おさむ。
確か片岡鶴太郎主演でテレビドラマ化もされたが、そっちの方の人気は今ひとつのようであった。(僕自身マンガのテレビ化が原作を上回ることは無いと思っているので、まず見ない)

題名の通り、舞台は家庭裁判所である。主役の桑田判事は、最高裁判所長官を父に持つサラブレッドであり、司法修習生としても優秀で、将来の出世(つまり最高裁判事となること)を嘱望されていた人だが、どういう訳か地方の家庭裁判所ばかり回っている。(家栽と言うのは裁判官の世界では、窓際になるらしい)

家裁で取り扱う事件、財産相続、離婚、そして少年事件などが、1話完結の形で描かれる。桑田判事は植物を愛する人であるが、その1話1話には、花や草木の名前が題名として付き、その植物の特性、名前の由来などが物語の筋に関連して挿入されて狂言回しとなる洒落た構成である。

いがみ合う家族に、夫婦に、そして事件を起こした少年に、桑田判事は彼らが忘れていること、失ってしまったことを思い出させるように語りかける。

連載の後半には少年事件の比重が高まってくる。
1話完結の掟を破り、数話に渡って話が続いていく。

僕が感動した2つの章を挙げてみよう。

一つ目は「カサブランカ」。
母親の再婚相手に乱暴されたことが原因で家を飛び出し、その日暮らしの売春をして暮らす17歳の少女と、離婚した父親に施設に入れられ、施設を逃げ出してきた9歳の少年が偶然出会い一緒に暮らし始める。

少女に言い寄ってきた常連の売春相手の客をその少年が刺し、少女が傷害で捕まった。少女は少年を守るため、そして自分を壊してしまうために黙秘を続けて食事を食べなくなった。

桑田判事は、以前にその少女と町で出会って、お箸の使い方を教えた事があると言う理由で、その少女の担当を避け、若い石嶺判事が担当になる。
彼は、何事にもクールで他人と距離を取り、割り切った考え方をする人物として描かれている。

少女の話をした石嶺判事に桑田判事は言う。
「少年をよく眺めてください。裁判所に悩む人が居なくなれば裁判所は冷たい箱になってしまいます。」

「あなたには少年事件はつまらなく見えるのかも知れない。確かに声の届かない子供達は多い。何も身につけていない絶望的な子供達も多い。しかし長く少年達を眺めていると判ってくることもあります。」

「多かれ少なかれ、みんな虐められた過去を持っている。小さな子は大きな子に。力のある子は頭のいい子に、女は普通の男に、普通の男は強い男に、強い男は組織に、組織はより強い組織に・・原因を辿っていくと尽きない。」

「私は普通の人間です。でも少年法を使えばその連環を断ち切れるかも知れない。貴方は知らないだけですよ。その恐ろしい輪の中から抜け出せた時に、人がどんな顔で笑うかを・・。」

最初の審判の日、少女と向かい合った石嶺判事は、少女の美しい目に圧倒され、そして気づく。自分はこの少女を女子少年院に送ることは出来る、しかし微笑ませる事は出来ない・・と。
自分がこの少女を裁いているのでは無く、自分自身が少女に試されているような気がしたのだった。そして彼は簡単に少年院送致で終わらせようと思っていた審判を続行にする。

桑田判事は友人の学者と共に、ひとりぼっちになった少年を捜し出す。そして次第に真実が明らかになった。

最後の審判の日、石嶺判事は、少年の母親が見つかったこと、少年が刺したとしても少年院に行かなくても良いことを言い、少女には自分の事だけを考えるように言う。そして判決を言い渡す前に、少年と少女に二人でお弁当を食べる時間を与えた。そのとき、今まで上手くお箸を使えなかった少年が初めて上手くお箸を使えて、にっこりと微笑んだのだ。

判決は短期の女子少年院送致であった。

判決後、少女から1通の手紙を石嶺判事は受け取る。

「判事さん、審判の日はありがとうございました。裁判所であの子と会えるなんてビックリしてしまいました。」
「調査官の今西さんに、あの子が刺したことが判っても少年院に行かなくても良いと言われて涙が出そうでした。」
「箸をちゃんと使えた時、あの子凄く綺麗に笑ったのよ。私も嬉しくて、ああそうか、こういう事なんだ。人に何かしてあげるって、こんな風に胸の中がポオって温かくなって、今まであったいやな思い出がバターみたいにいっぺんに溶けてしまうの。私は今まで冷蔵庫の中で冷たく固まっているバターみたいだった。それが孤独って言うものだと判った・・。」

手紙を読んだ石嶺判事はわんわんと声を出して泣いた。少女の言葉で彼の仲でバターのように固まっていた孤独も溶けたのだ。

もう一つの作品は、13巻から15巻までに渡る話。(長すぎるので、1話1話、題が変わっている)
これはもう読んで貰うしかないけど、思いっきりはしょってあらすじを言うと、高校の教師に体罰を受けた不良の少年が、学校を相手に裁判を起こす。桑田判事はその少年と顔見知りであったが、右陪審の席に着いた。そのため彼と少年の接触は断たれる。
少年は審理中に傷害事件を起こし、裁判には勝ったが結局少年院へ入る。

少年が事件を起こしたとき、桑田判事は悔やむ。判事としてより、少年の友人としての自分を選ぶべきだった。

少年院を出て、真面目に働いている少年が久しぶりに故郷の町へ帰り、高校を訪れる。正門で彼はばったりと体罰をした教師の一人に出会う。
国体3位の柔道選手であったその教師は、事故で杖を突く体になっていた。
「あの時はすまなかったなあ」と謝る教師に「もういいんです。殴られたりしたことは忘れました。」と答える少年。
「お前、いい顔になったなあ。」と言う教師に「ありがとう・」と、教師の腕を取り、少年はかつて桑田判事と出会った沼に向かう。

数珠玉の首飾りをぶちっとちぎり、その1個を差し出して「一粒になったジュズダマ・・これが今の君です」と桑田判事に言われたその一言が胸につかえてどこにもいけないんだ・・。
かつて友達と遊んだ小屋の中に、そのジュズダマが置かれてあるのを少年は見つける。

「俺はいつかひとりぼっちになる時が来るのが怖くて、いつも相手が俺を怖がるように突っ張っていたんだ。周りに誰が居ても・・何を言われても・・。」

人は一人では生きていけないし、決して一人じゃない。
少年はそのときに理解したのだった。

家裁の人1

少年事件が頻発し、少年法の改正など罰則強化の方に重点を置いて語られがちなこの頃、僕たちは桑田判事の言葉を思い出さなきゃいけないと思う。

「どんなに長い処分を与えても、少年は社会に戻ってくるんです誰かの隣に住むんですよ。そのときに彼が笑って暮らせる可能性を探すのが私たち裁判官の仕事じゃないでしょうか?」

「街が少年達を育てないで誰が育てるんですか?」


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